教育の職人のぶさんの、国語教育とカウンセリング(公認心理師)、グループワークとキャリア教育、長年鍛えた職人技をお目にかけます。
京都グループワーク研究会は、6年目、第68回目になりました。
今回はアイスブレークとして、「マインドフルゲーム」をしました。マインドフルネスは話題になっていますが、肥大化したり単純化したりして曖昧になっているように感じます。これは、マインドフルネスを小学生でもできる簡単なゲームにしたものです。
そして、「対話」について対話しました。主体的で対話のある深い学びの、対話って何か。関係を築くための会話や行動を決めるための議論とは違います、本質を共有するものです。学校教育では議論を教えることはできます、会話もSSTでトレーニングすることができます、しかし、対話を教えることができるでしょうか。そんなことを対話しました。
それを受けて、ライフストーリー・レビューをしました。これまで余り語ってこなかった過去の経験について、他者の協力を得ながら光を当て、言語化を行い、その経験の意味を考えることです。その人のライフストーリーについて対話することです。私の問題でやってみましたが、なかなか難しかったです。
今回はアイスブレークとして、「マインドフルゲーム」をしました。マインドフルネスは話題になっていますが、肥大化したり単純化したりして曖昧になっているように感じます。これは、マインドフルネスを小学生でもできる簡単なゲームにしたものです。
そして、「対話」について対話しました。主体的で対話のある深い学びの、対話って何か。関係を築くための会話や行動を決めるための議論とは違います、本質を共有するものです。学校教育では議論を教えることはできます、会話もSSTでトレーニングすることができます、しかし、対話を教えることができるでしょうか。そんなことを対話しました。
それを受けて、ライフストーリー・レビューをしました。これまで余り語ってこなかった過去の経験について、他者の協力を得ながら光を当て、言語化を行い、その経験の意味を考えることです。その人のライフストーリーについて対話することです。私の問題でやってみましたが、なかなか難しかったです。
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東山三条の実家を改築して、カウンセリングスペース「心の話」を開業しました。
今まで勉強してきた教育相談やカウンセリングを、学校以外で生かしたい、試してみたいという、退職前から描いていた夢が、退職して3年目、ようやく実現しました。ここを拠点に3つのことを計画しています。
1つ目は、ライフストーリー・レビューです。今までの人生の中で人に語らなかったけれども気になっていたことの意味をお聴きして対話をしながら考えていきます。カウンセリングほど深刻ではないが、語ることで生きやすくなります。
2つ目は、グループワークの研修です。今までの実践や教材を財産に、授業や研修の講師をしたり、プログラムを作成したり、アドバイスをしたりします。
3つ目は、レンタルルームです。8人程度の小さな部屋ですが、そこでカウンセリングや研修をしてもらえます。
地下鉄東西線東山駅の隣の隣という立地条件の良さが重宝していただけると思います。
よろしければホームページをご覧ください。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/kokoronowa.html
よろしくお願いいたします。
今まで勉強してきた教育相談やカウンセリングを、学校以外で生かしたい、試してみたいという、退職前から描いていた夢が、退職して3年目、ようやく実現しました。ここを拠点に3つのことを計画しています。
1つ目は、ライフストーリー・レビューです。今までの人生の中で人に語らなかったけれども気になっていたことの意味をお聴きして対話をしながら考えていきます。カウンセリングほど深刻ではないが、語ることで生きやすくなります。
2つ目は、グループワークの研修です。今までの実践や教材を財産に、授業や研修の講師をしたり、プログラムを作成したり、アドバイスをしたりします。
3つ目は、レンタルルームです。8人程度の小さな部屋ですが、そこでカウンセリングや研修をしてもらえます。
地下鉄東西線東山駅の隣の隣という立地条件の良さが重宝していただけると思います。
よろしければホームページをご覧ください。
http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nobu-nisi/kokoronowa.html
よろしくお願いいたします。
オープンダイアローグの研修を受けてきました。
10時から16時30分まで、実習なしぶっ続けの講義なので、疲れましたが、睡魔に負ける暇なくしっかり学んできました。講師はふるかわ家族カウンセリング研究所の古川秀明カウンセラーでした。
オープン・ダイアローグというのは、「薬物療法に頼らない対話を重視した他職種連携による精神疾患の治療方法」で、統合失調症が投薬や入院なしで、しかも再発せずに85パーセントが完解するという方法です。フィンランドの小都市のある病院で実施されています。日本には2013年に紹介された注目の治療法です。
複数の専門家と本人と家族や関係者が集まって話し合いをする。途中専門家同士の会話(リフレクション)を当事者が見ていて、そのあと再び全員で話し合いをするというシステムです。
ポイントは、対話主義と不確実さへの忍耐です。
自分を100パーセント理解できる他者はいない。自分と他者をつなぐのは、言葉による対話しかない。お互いに言葉や意見をぶつけ合って対話することによって、今まで全く想像もしていなかった新しい考え方やものの見方が生まれ、自分の考え方がどんどん変化、成長していく。
ただ、遅々として進展しないこともある。そのときも対話を信じて、治療の結果を出すことに焦らず対話を楽しむ忍耐力が必要になる。
この方法は、統合失調症のみならず、不登校や引きこもりなどにも応用できる。とにかく、相手を信じて対話を続ける、結果は後からついてくる。センスやテクニックはいらない。オープン・ダイアローグの哲学をしっかり理解して、後は失敗を繰り返しながら実践するのみ。
荒っぽいが、やってみる価値のありそうな手法である。
10時から16時30分まで、実習なしぶっ続けの講義なので、疲れましたが、睡魔に負ける暇なくしっかり学んできました。講師はふるかわ家族カウンセリング研究所の古川秀明カウンセラーでした。
オープン・ダイアローグというのは、「薬物療法に頼らない対話を重視した他職種連携による精神疾患の治療方法」で、統合失調症が投薬や入院なしで、しかも再発せずに85パーセントが完解するという方法です。フィンランドの小都市のある病院で実施されています。日本には2013年に紹介された注目の治療法です。
複数の専門家と本人と家族や関係者が集まって話し合いをする。途中専門家同士の会話(リフレクション)を当事者が見ていて、そのあと再び全員で話し合いをするというシステムです。
ポイントは、対話主義と不確実さへの忍耐です。
自分を100パーセント理解できる他者はいない。自分と他者をつなぐのは、言葉による対話しかない。お互いに言葉や意見をぶつけ合って対話することによって、今まで全く想像もしていなかった新しい考え方やものの見方が生まれ、自分の考え方がどんどん変化、成長していく。
ただ、遅々として進展しないこともある。そのときも対話を信じて、治療の結果を出すことに焦らず対話を楽しむ忍耐力が必要になる。
この方法は、統合失調症のみならず、不登校や引きこもりなどにも応用できる。とにかく、相手を信じて対話を続ける、結果は後からついてくる。センスやテクニックはいらない。オープン・ダイアローグの哲学をしっかり理解して、後は失敗を繰り返しながら実践するのみ。
荒っぽいが、やってみる価値のありそうな手法である。
今日も重要伝統的建造物群保存地域、奈良の高取町へ行ってきた。
ここは大和の薬売りとして、高取城の城下町として発展した。城へ続く土佐街道沿いに町家や武家屋敷の跡が残る。が、昨日の寺内町に比べると見るべき家が少なく、修理もできなくて荒れた家も目立った。町家を利用した店屋も少なく活気が乏しかった。町には高取城の旗が目立った。日本三大山城の一つだ。これを観光の梃子にしようという意図が見える。1時間半かかるので行かなかったが、石垣だけしか残っていないらしい。町並みを歩く前に、家内と西国33カ所の一つである壺坂寺まで50分歩いた。この寺は目の回復をしてくれる観音さんがある。それり、インドから取り寄せたやたら巨大な石仏があちこちにあり、異様な異国情緒を醸しだしていた。
ここは大和の薬売りとして、高取城の城下町として発展した。城へ続く土佐街道沿いに町家や武家屋敷の跡が残る。が、昨日の寺内町に比べると見るべき家が少なく、修理もできなくて荒れた家も目立った。町家を利用した店屋も少なく活気が乏しかった。町には高取城の旗が目立った。日本三大山城の一つだ。これを観光の梃子にしようという意図が見える。1時間半かかるので行かなかったが、石垣だけしか残っていないらしい。町並みを歩く前に、家内と西国33カ所の一つである壺坂寺まで50分歩いた。この寺は目の回復をしてくれる観音さんがある。それり、インドから取り寄せたやたら巨大な石仏があちこちにあり、異様な異国情緒を醸しだしていた。
大阪唯一の重要伝統的建造物群保存地域の富田林寺内町へ行ってきた。
この町は16世紀に京都の興正寺の証秀上人が開いた宗教自治都市で、東西400メートル南北350メートルを6筋7町に区画整備してある。当時は150軒近い商家が軒を連ねていたという。今も40軒近くが残っていて当時を偲ばせてくれる。西側にはPLの塔も見えて一風変わった風景も見せてくれる。内部を拝観できる家屋もある。海老芋のコロッケを食べながら、1筋ずつ丁寧に歩いてみた。全部が当時のままではなく、歯抜け的になっているのは仕方がないだろう。町家を利用した飲食店や雑貨店もあるが、何となく入りにくかった。人並みも少ないので余計かもしれない。手作りの木の玩具の店に入ってみた。定年後に趣味で作ったものをこの場を借りて売っている。良い老後の過ごし方だと思った。大阪の都会の中に、ホッとタイムスリップできる場所だった。ところで、富田林署で勾留中だった容疑者はどこへ逃走したのだろう。
この町は16世紀に京都の興正寺の証秀上人が開いた宗教自治都市で、東西400メートル南北350メートルを6筋7町に区画整備してある。当時は150軒近い商家が軒を連ねていたという。今も40軒近くが残っていて当時を偲ばせてくれる。西側にはPLの塔も見えて一風変わった風景も見せてくれる。内部を拝観できる家屋もある。海老芋のコロッケを食べながら、1筋ずつ丁寧に歩いてみた。全部が当時のままではなく、歯抜け的になっているのは仕方がないだろう。町家を利用した飲食店や雑貨店もあるが、何となく入りにくかった。人並みも少ないので余計かもしれない。手作りの木の玩具の店に入ってみた。定年後に趣味で作ったものをこの場を借りて売っている。良い老後の過ごし方だと思った。大阪の都会の中に、ホッとタイムスリップできる場所だった。ところで、富田林署で勾留中だった容疑者はどこへ逃走したのだろう。