「…………………………。
さて像の高さは、二・一七メートル……。」
生徒が作った質問は次の通りである。
番号 レベル 質問
1 1 アフロディテ像はいつ発掘されたか。
2 アフロディテ像いつ頃できたか。
3 アフロディテはどこから発見されたか。
4 1 アフロディテ像を作ったのは誰か。
5 1 アフロディテ像はどのような形態をしているか。
6 4 アフロディテ像とは何ですか。
7 像は何でできていますか
8 3 アフロディテ像の美術的価値は。
9 2 アフロディテ像は優雅と品格において何に匹敵するものであったか。
10 4 アフロディテ像はどんな顔をしているか。
11 アフロディテはほとんど完全体ですが唯一失われている部分はどこか。
12 4 なぜ右腕がないんですか。
13 6 アフロディテ像を図示せよ。
14 1 アフロディテ像の高さは。
15 R博士や博士の著書においてアフロディテの背丈は何メートルか。
16 1 アフロディテ像はどこに納められているか。
17 4 とうやって博士の病室にアフロディテ像を運んだのか。
18 1 博士を冷やかに見下ろしているように見えるのはなぜか。
19 アフロディテ像はR博士のことをどう思っているのか。
20 4 アフロディテ像とR博士の関係性は。
21 アフロディテ、R、N、三島由紀夫,結婚するならだれ。
アフロディテ像をいつ、誰が作ったかよりも、いつ、誰が発見したかが問題になる。
さらに、博士と像の関係性。それについて質問した19・20は鋭い。21の質問もすばらしい。
像の高さがこのあとの展開の鍵になるので14も必須の質問になる。
そして、18は今後の展開の伏線として絶対に抑えておく質問である。
まとめの板書は次の通り。
○アフロディテ像
・十年前に、ローマ近郊で、R博士に発掘された。
・右腕が失われている以外、完全な原型を伝えている。
・「像の高さは一・一七メートル」と記述
・R博士が病床なので博士の病室にある。
・病床の博士を冷ややかに見下ろしている。
小説において、登場人物の人物像を読解するのは基本である。
次の部分から、質問づくりをする。
R博士はドイツ人で、ライン流域のデュッセルドルフの人である。永くイタリーに定住し、そのおびただしい著作の数は、古代彫刻の権威の名に背かない。
八十三歳の博士は今、臨終の床にある。しかし病褥に近づくことを許されているのは、美術愛好家の若い真摯な医者N博士一人である。
R博士の住居は、ローマ市ルドヴィシ通りにある。ここは古ローマの都門を残すボルゲーゼ公園に近い閑静な一画で、博士のアパートメントは四階の三部屋にわたっていた。
ローマの五月は暖かいというよりも、暑いと言ったほうが適当なほどである。強烈な明るさが遍満し、人々は街路樹の深い木陰を選んで歩く。蜜柑水を売る者が町角に車を出し、空は終日雲の陰をとどめない。廃墟の上にはおびただしい燕がとびかわし、幾多の古い泉は豊かな清水を装飾の彫像の全身に浴びせている。博士の住居の近くにはローマの泉の源といわれるトリトンの泉がある。また名高いトレヴィの泉に、ローマ離京の前夜貨幣を投げる者は、生涯のうちに再びローマを訪うめぐりあわせになるという口碑がある。
博士はこの泉に貨幣を投げたことは一度もない。その必要を認めなかったからである。ローマを終生離れない運命を自ら選んでいたからである。
病室の窓には午後の日が真っ向から射している。日覆いが下ろされて、室内は暗い。しかし枕もとの水差しの水はたちまちぬるみ、博士の額には汗が拭われるそばから微かににじんだ。
死に瀕している荘厳な顔は、強い髯の中に埋もれている。深い皺も、高い倨傲な鼻も、落ちくぼんだ眼窩の底に微光を放っている瞳も、大地の起伏を圧縮したように静かである。近づいている死の兆しの、もっとも明瞭に刻まれた部分がある。それは胸の上に置かれた手である。弾力を失った静脈が、手の甲を縦横に走っている。しみの多い白い皮膚がこの静脈の形を、無力に、しかし正確になぞっている。この形骸だけになった手の内部には、生命はすでに失われているように思われる。
読み取らせたい部分は下線部である。そこを問う質問を作らせたい。
生徒が作った質問は次の通り。
番号 レベル 質問
1 2 Rは何の略か。
2 1 出身はどこか。
3 4 何人か。
4 3 住居はどこか。
5 1 長く定住した場所は。
6 1 アパートは何階か。
7 1 住居の近くにある泉は。
8 1 なぜトレヴィの泉に貨幣を投げなかったのか。
9 1 (泉に)投げるものは何を投げ、何を望んでいるのか。
10 4 なぜ終世ローマを離れない運命を選んだのか。
11 3 顔が書けるか。
12 1 顔の特徴は。
13 3 どのような状態か。
14 4 病名は。
15 3 生命はすでに失われているとはどういうことか。
16 1 最も死の兆しを表している身体の部分はどこか。
17 3 R博士の手とは。
18 1 手はなぜ(死を)明瞭に刻んでいるのか。
19 4 病室の窓はどの方角にあるか。
20 1 博士の病褥に近づくことを許されているのは誰か。
21 4 なぜ病褥に近づくことが許されているのはN博士だけなのか。
レベルについては不適切なものが多いが、
「2・3出身」や「4・5定常場所」や「12顔の特徴」は期待していた質問である。
「8なぜ貨幣を投げなかったのか」は聞きたくなる質問だが、定住の覚悟を問うだけの質問で、さほど重要ではない。
欠けている質問は、「何歳か」「仕事は」である。年齢が83歳であることは、博士が臨終間近であることを読解するのに必要だ。仕事が古代彫刻の権威であることは、イタリアに定住を決意した事と関連する。これを【L3】に転換すると「なぜイタリアに定住を決意したのか」になる。
そんなことを解説しながら、板書してまとめる。
登場人物
●R博士
○ドイツ人
↓
・イタリアに定住
・トレヴィの泉に貨幣を投げ込まない
・ローマを終生離れない運命を選ぶ
↓
・古代彫刻の権威
○八十三歳
↓
・臨終の床にある
○荘厳な顔
現代文の授業の目的は、もちろん読解力をつけることである。それなしにいくら華々しいイベント授業をしても仕方がない。「質問づくり」を使って読解力をつける、これが今回の授業のミッションである。質問を作ることによって次のような効果が期待できる。
・文章を精読するようになる。
・文章からどんなデータを取り出せるかを学べる。
・読解するのに重要なポイントが浮きでてくる。
・ポイント相互の関連性が把握できる。
そのために、元の「質問づくり」を少し改変した。
Ⅰ 質問の焦点になる部分を提示する。
Ⅱ 質問を作り出す。(5分)
①思いついた質問を、B8のカード(反故紙の裏紙)に書き出す。
②質問の形で書く。
③質より量、どんどん書き出す。
④チームで交流する。
⑤話し合ったり、評価し合ったり、答えを言ったりしない。
Ⅲ 出てきた質問をレベルに分類する。(5分)
【L1】近くにある部分を抜き出すだけ。
【L2】やや遠くや複数の部分から抜き出す。
【L3】文中の語を使って答える。
【L4】自由に考える、決まった答えはない。
Ⅳ 分類した質問の中から3つの質問を選び、A4の紙に書き出す。(5分)
Ⅴ 黒板に張り出し、質問を吟味する。(10分)
・Ⅱでカードに書き出したのは記録係が書く時間を短縮するためである。
・Ⅲのレベル分けは、【L1】【L2】が閉じた質問、【L3】【L4】が開いた質問に相当する。質問 の難易度の指標になる。
これだけで、慣れれば多少短縮できるにしても、20~30分かかる。とすれば、1回の授業で1つの質問づくりをするのが精一杯である。そういうことは、質問の焦点を絞らなければならない。この教材は4時間の配当を考えているので4問になる。絞るためには、教材を熟読しなければならない。深い教材研究が必要になる。全体を読んで適当に質問を作りなさいという丸投げや、思いつきの質問では授業は成立しない。
前回同様、堀氏の著書は多くの示唆を与えてくれる。
ワークショップとアクティブラーニング型授業の共通点は、参加者が主役であること。とはいえ、それをアシストするのは、ファシリテーターであり教師である。
まずは、参加しやすい仕掛け、協働をうながす仕掛け、創造力を解放する仕掛けづくりである。それらをしっかり準備した後で、少し寝かせて、補正し、当日は想定外の出来事を楽しむ。
組み立てとしては、おおまかな流れに基づいて細部を決めるトップダウン型、やりたいことなど細部から全体を組み立てていくボトムアップ型がある。どちらにしても、少し多めの設計をして、勇気をもってバッサリと削り取る。教材研究の10分の1が授業であるといわれることと共通する。
まずは、目的を決める。目的がなければただ楽しいだけ、活動あって学習なしの状態に陥ってしまう。問いの形で立てると具体的になりわかりやすい。
つぎに、メンバーの意欲や能力を考える。それによって、メニューが変わってくる。
授業プログラムの型には、起承転結型、体験学習型、発散収束型、問題解決型、目標探求型、過去未来型、環境適合型などがある。事物の得意な型を作ってみて、少しずつアレンジしたり、組み合わせたりして自分なりの型を作る。
注意すべき落とし穴として、詰め込みすぎない、凝りすぎない、バラバラにならない、コントロールしすぎない、無理強いしない、成果が確認できないなとがある。実施する前に、生徒の気持ちにな
って頭の中でシミュレーション、想像してみることが必要である。
この本は、研修会のファシリテーターのあり方について書かれているが、アクティブラーニングとぴったり重なる部分が多い。
ファシリテーターといえば、大きく2つのイメージがある。
一つは、会議やミーティングの進行役。
もう一つは、研修会の講師、進行役。
ファシリテーターのする研修会は、体験型のワークショップが多くなる。ワークショップといっても、体験だけをするのでなく、講義もする。そのファシリテーターの講義の部分が、アクティブラーニング型授業と重なる。
研修会でファシリテーターと似た役割にインストラクターがある。
インストラクターの講義は、いかにコンテンツ(中身)を相手に伝えるかに重点がある。
ファシリテーターの講義は、問題提起や体験の基盤となる理論を手短に伝え、体験の補助や意味づけや確認の役割を果す。
一斉授業型の授業をしている教師をインストラクター、アクティブラーニング型授業をしている教師をファシリテーターに重ねて考えてみると、共通点と相違点が見えてくる。
どちらも、生徒に知識を身につけて、それを活用してもらうことを目的にしている。一斉授業型は即効性ではなく、社会に出た後、長い目で見た活用になる。アクティブラーニング型授業は社会に出る前に、学校の中で模擬的にでも活用を試みる。あるいは、活用しながら知識の定着を図る。
また、どちらも教材研究が最も大切なことは共通している。それをどのように伝えるかを工夫する点にいても共通している。
相違点は、十分に教材研究したコンテンツのアウトプットの仕方にある。
一斉講義型は、多少の問答は含むにしても、一方向で相手に話を聞かせるように話術を磨く必要がある。
アクティブラーニング型授業は、いかに双方向な参加の場を作るかに重点がおかれる。うまく質問を重ねたり、仕掛けをして、メンバー間に対話を生じさせる。
また、伝わる情報量も大きく異なる。一斉授業型で伝わる情報を10とすれば、アクティブラーニング型は多くて3程度だろう。したがって、教える内容を精選する必要がある。
質問にしても、一斉講義型なら、一問一答でつなぐことができる。しかし、アクティブラーニング型はいちいち授業を切ることができないので、何問かを連続で考えさせる必要がある。大問の答えを導く小問をうまく配置することになる。生徒が予想通りに考えてくれるかどうか未知数の部分もある。大問を1つにするのか、多くても3つにするのかも設計する必要がある。これらの配慮を少なくとも同一教材、同一単元では同じパターンで提示しなければ一貫性がなくなる。
こう考えると、一斉講義型では予め見通しは立てるものの、その都度修正はしやすいが、アクティブラーニング型は、十分な準備が必要になる。