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教育の職人のぶさんの、国語教育とカウンセリングとグループワークとキャリア教育、長年鍛えた職人技をお目にかけます。
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夜行バスで京都から郡山を経由して、9時前に会津若松に着いた。
幕末、多くの藩が長いものに巻かれて官軍に付いたのに対して、
最後まで佐幕を貫いた藩だ。
貧乏くじと言えば言えるが、信念を貫く美学を感じる。
その町とそこに住む人を見たくて会津を選んだ。

市内循環バスが、1日乗り放題で500円、これはお得だった。
しかも、拝観料などの割引も利く。
早速循環バス「ハイカラ号」に乗って出発した。

まず、七日町駅で下車して、噂の「駅カフェ」に入って、朝食を兼ねてシフォンケーキセットを食べる。建物の中は、レトロで、窓から駅のホームが見えるのも情緒たっぷり。

次は、必須のスポット、鶴ヶ城。
ボランティアガイドに案内してもらった。
明治政府によって取り壊されたのを建て直したお城だから新しい。
天守閣に登ると市内が一望でき、飯盛山も見える。
次は御薬園に行く。回遊式庭園だが、余り洗練されていないのは仕方ないか。
昼食は武家屋敷の近くの「鶴井筒」で、会津料理を食べる。大地主の邸宅を改造したもので、どっしりと重みがあった。
武家屋敷も入ったが、人も少なく、入場料の高いのも悪循環。なぜ、鑑真和上像のレプリカや、姿三四郎の銅像があるのか謎。再現された武家屋敷はまぁまぁだったが、やがて消える施設でしょう。その意味では見ておいて良かったか?
そして、もう一つのメインの飯盛山。エスカレーターを使わずに歩いて登る。鶴ヶ城が炎上したと勘違いして自刃した場所から、鶴ヶ城を見る。ここで16~18歳の若者が19人、自分の命を絶った。それも藩のため、幕府のため。その親分の慶喜はさっさと降伏し、晩年もひっそりとではあるが、平穏な日々を送ったのだから、いつも身分の低いものだけが犠牲になるのは変わらない。

5時前だったので、足を延ばして喜多方へ。
楽篆工房という字を書いてくれる店があるというので探し求めて行く。
あいにく店主は留守だったが、書いて郵送してもらうことにする。
喜多方といえば酒蔵とラーメン。極太の麵の店を探して食べる。

若松に返って、明日の朝食を買い込んでホテルへ。
会津若松の一日が終わった。
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