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教育の職人のぶさんの、国語教育とカウンセリング(公認心理師)、グループワークとキャリア教育、長年鍛えた職人技をお目にかけます。
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最後まで読解したので、いよいよまとめ。
『舞姫』の豊太郎と現実の鴎外の比較。
まず、妹の小金井喜美子の文章を配布して、エリスが実在したというショッキングな事実を告知する。ただ、現実の鴎外を追って来日したエリスは、発狂もしていないし、妊娠もしていない。しかも、説得されて1箇月であっさり帰国してしまう。また、鴎外の母は健在で、エリス追い返しの陣頭指揮をとる。
次に、豊太郎と鴎外の比較年表を配布して、年号と年齢を確認し、異同をチェックする。留学するまでは似ているが、留学後が大きく違うことに気づく。もっとも、私小説ではないのだから違って当たり前なのだが。
で、問題は『舞姫』の執筆動機と設定。それを追究素するために、帰国後の鴎外を追う。エリスを追い返した後、赤松登志子と婚約する。つまり、鴎外が帰国する前から縁談が決まっていて、エリスの来日は大問題だった。森家を挙げて秘密裏に追い返す必要があった。
無事(?)結婚するのだが、その翌年に『舞姫』を発表する。家族挙げて隠蔽したことを自ら暴露することになる。しかも、よりひどい設定で。その後、長男をもうけるが、直後に離婚してします。理由は、性格の不一致、家柄の違い、登志子の不器量など諸説がある。とすれば、『舞姫』は離婚への布石だったことになる。しかし、そのためだけに『舞姫』を書くか?
さらにその後の鴎外を追う。40歳で18歳年下の「美術品ラシキ妻」と鴎外が評する荒木志げ結婚する。これは余談だが、彼女との間にさらに4人の子どもをもうける。登志子との子どもから順に名前は、於兎(オットー)・茉莉(マリ)・不律(フリッツ)・杏奴(アンヌ)・類(ルイ)。いずれも日本人離れした名前である。そして、大正11年9月7日に没する。遺書には「墓ニハ森林太郎ノホカ一字モホルベカラズ」とある。つまり、「大正十一年九月七日没」と掘るなということだ。なぜか。猪瀬直樹の説によると、「大正」の「正」は、「一」に「止」で短いという意味を表す。そんなことも知らないで決定した日本の学者や政府に絶望していた。この思いは生前から強く、子どもの名前を日本人風にしなかったもの同じ理由ではないかというのは僕の推論。
そして、第十段落の最後の「相沢」への憎しみは、相沢個人ではなく、相沢に代表される日本人の価値観への憎悪ではないかと思う。
ということで、30時間を越える『舞姫』の授業を締めくくる。
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