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教育の職人のぶさんの、国語教育とカウンセリング(公認心理師)、グループワークとキャリア教育、長年鍛えた職人技をお目にかけます。
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GWの最終日、今日もいい天気。経済効果という言葉は大嫌いだが、この連休は晴天に恵まれ、外出をした人が多かったのではないだろうか。僕も、陽気に釣られて、かねてから行きたかった大阪の堺へ行ってきた。
堺といえば、仁徳天皇陵と千利休と与謝野晶子。百舌鳥駅で降りてまず、日本最大の前方後円墳である仁徳天皇陵へ。奈良の山辺の道を歩いた時の天皇陵をイメージしていた。ところが、堀の周囲は鉄の柵で囲まれ、中の様子は全く見えない。ずっと柵を見ながら2.8㎞を歩いた。
終点から、大仙公園へ。平成に入って作られた日本庭園に入った。日本庭園といえば万博公園を思い浮かべるが、こじんまりとしたまずまずの公園だった。そして、同じ公園内の博物館の横にある伸庵で千利休にちなんで抹茶をいただく。ちょっとした静寂のいい時間だった。
そして、街を歩いて南宗寺へ。ボランティアのおじいさんの説明によると、この寺で徳川家康が後藤又兵衛に槍で突かれて死んだとか。小さなお墓があった。それを見かねて、松下幸之助らが立派なお墓を同じ境内の中に建てた。信憑性は怪しいが、面白い話である。堺という町は経済力があったので、明治になって奈良県を買収したらしい。そして、それを大阪府に合体して、堺が県庁になるはずであった。ところが、政治的な事情があって、ならなかったとか。これも面白い話である。
それから千利休の屋敷跡を見た。ビルの谷間にぽつんとある空き地である。時の権力者である秀吉に持ち上げられて、すとんと落とされ自害に追い込まれた文化人(?)である。文化というのもは、権力者の庇護のもとでしか育たないという悲しい宿命の故である。
その後、堺の港を見た。神女の像は自由の女神に比べることもできないほど小さいが、凛としてと海を見たいた。堺は、千利休や与謝野晶子も有名だが、貿易の盛んな商人の町である。日本の経済を動かし、政治を動かした町である。
最後に与謝野晶子の生家跡のモニュメントを見て、チンチン電車の愛称で知られる阪堺電車に乗って帰ってきた。阪堺電車は、日本では数少なくなった路面電車である。テッチャンではないが、思わず何枚も写真を撮ってしまった。
明日からの日常に備えた、有意義な一日だった。 
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