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教育の職人のぶさんの、国語教育とカウンセリング(公認心理師)、グループワークとキャリア教育、長年鍛えた職人技をお目にかけます。
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西川先生に教わった学び合いもどきをやってみた。
高校2年の「環境問題への視点」という評論だが、平易な文章で、2項対立で展開している。
内容的には、新鮮味はなく、「ふーん、それで」という程度。
だからこそ、教えるのでなく、生徒に考えさせる。
段落が2つあるので、
1段落目は、オーソドックスに講義や質問をしながら板書する。
2段落目は、講義と質問を丁寧にするが、板書はしない。自分でまとめる。
3段落目は、講義すらしない。ポイントを3つ板書して、それについてノートにまとめさせる。2項対立が見えやすいように。
回収して、評価のはんこを押して、優秀なノートをプリントしてみんなに配布する。
いい刺激になったとおもいます。
またやれば、今度こそと思ってくれる生徒が増えるのではと期待しています。
何事も、案ずるより産むがやすし。
まずは、やってみることですね。
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吉本の辻本の秀逸なギャグである。
その名を借りて命名した。
テスト前、「舞姫」の自習。

いきなり4人組を作る。
生徒の中に何が始まるのかと言う不安と期待が広がる。
スターターを決めさせ、時計回りで回ること説明する。
そしてようやく、「舞姫」のここまでのあらすじを、
1人30秒で話し、それをリレー形式でつなげるように指示する。
再びどよめきが広がる。

スタート、30秒を告げるキッチンタイマーの音。
その時間の短さに、またどよめく。
2人目、3人目、……
ようやくペースがつかめたようで、どのグループも嬉々として取り組んでくれた。
30秒×4人×3週=3分。
終わったグループはもう一度ある場面に戻ってする。

教室のあちらこちらで、ああそうだったのか。
互いに教え合い納得の声。
後の時間も、4人が机を合わせて自習をしていた。
互いに教え合いながら。
いい時間だった。

最初の授業は何歳になっても緊張します。
淡々と始めればいいのですが、どうしてもウケを狙ってしまいます。
今年は、国語は好きか嫌いか、挙手を求めることから入りました。
現代文が好きなのは3分の1ぐらい。漢文は1人、古文は0でした。
何が生徒たちを国語嫌いにさせたのか。
もっとも、この数字は、多くの増える可能性を秘めています。
一人でも増えれば僕の功績です。
生徒にはそう宣言しました。
次に、現代文や古文は、他のどの教科に似ているかと言う質問です。
古典は、英語です。
単語と文法を覚えて訳していく、その繰り返しトレーニング。
表面的にはそうです。
さらに、古人の感じ方や考え方、当時の社会背景などを考えるのは、社会や芸術に関係してきます。
現代文は数学です。
数学は、数字や記号を使って、論理的思考力を養います。
国語はそれを言葉を使ってするのですから、難しいわけです。
だから、読解に関しては答えはあります。
しかし、鑑賞の域に行くと答えはありません。
それは、数学も同じこと。
高等数学になれば答えはありません。
ということは、現代文は、小学校から大学の専門並の高度な勉強をしていることになります。
手前味噌です。

 

「えたいの知れない不吉な塊」。
いきなり、私の内面をさらけ出すという小説。
短編小説なので、読者は、当然これに付き合わざるをえない。
その正体は、その解消法は。
序盤は私の内的世界が書かれてある。
ひどく抽象的だ。
正体は、焦燥と嫌悪と宿酔と、肺尖カタルと神経衰弱と借金が複雑に絡み合ってほどけなくなった毛糸玉のようなもの。
その解消のために、そのころ強くひかれた「みすぼらしくて美しいもの」。
風景なら、崩れかかった街の裏通り。
そこを歩きながら、錯覚の世界で不吉な塊の元凶である京都を脱出しようと試みる。
空間的な現実逃避である。
玩具なら、おはじき。それを舐めてみる。
すると、幸せだった幼児の記憶に包まれる。
時間的な現実逃避である。
以前好きだったのが、丸善。
そこでささやかな贅沢をしている内に、借金がかさんできた。
丸善は嫌悪の対象となる。
そして、後で対決すべきものとして再登場する。

ここまでの授業のパフォーマンス。
まず、崩れかかった街の裏通りの写真を見せる。
今の生徒は裕福になったのか、こんな街を知らない。
次に、花火やおはじきをみせる。
そして、おはじきを口に入れて舐めて見せる。
このパフォーマンスに、いつも生徒は度肝を抜かれる。
ついでに、駄菓子屋で買ってきたお菓子を見せる。
その毒々しい色が、無気力な私の触覚にこびてくる様子を実感させる。
ついで、それを食べても見せる。
丸善は写真を見せる。
今は、カラオケビルに成り下がったので、貴重な写真である。
しかも、建て直す前の白い丸善の写真も見せる。これこそ貴重品だ。
さらに、「檸檬」のころあった丸善の跡地の写真も見せる。
これで丸善は完璧。

自力的ノート法、第2弾。

前回は、僕が板書しないで授業した後で、ノートを作らせるという方法でしかが、
今回は、さらに高度に(あるいは手を抜いて?)
講義もしないでしないで、自分で読解して、自分でノートにまとめるとい荒技。
その後で、4人組になって、自分のノートを見せながら、メンバーに説明させる。
そして最後に、ポイントだけを説明する。

生徒に感想を書かせてみました。
口をそろえて「難しい」と書いていますが、その後は賛否に分かれます。
反対派は、面倒くさい、ノートがバラバラになる、自分のノートでは不安だ、読み間違えをしていてもわからない等々。
賛成派は、自分で考えるので理解が深まる、自分のノートができてうれしい、人のノートが見れて勉強になる、社会に出ればこういう力が必要、眠くならない等々。中には、僕の板書の労を労ってくれるものもあった。
数的には、クラスによって違うが、賛成派が7~6割だった。

反対する生徒や嫌がる生徒が少なからずいる以上、この方法ばかりでするわけには行かない。
また、今回の「危険な共生」は科学者の書いたものだけに論理的だが、そうでない評論の方が多いので、一筋縄では読解できない(というより評論として下手くそなものが多い)。
教材を見て、また生徒の様子を見て、時々取り入れていこう。
まだまだ、改善の余地はあります。
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